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エクソダス (バンド) : ウィキペディア日本語版
エクソダス (バンド)

エクソダス (EXODUS) は、アメリカ カリフォルニア州 サンフランシスコ出身のスラッシュメタルバンドである。1980年初頭より活動し1993年に一回解散するが、1997年に一時再結成を行う。2001年に再々結成し、以後継続して活動中である。
スラッシュメタル黎明期より活動を行い、メタリカメガデスアンスラックススレイヤーなどと共にスラッシュメタルの確立に大きく寄与した。エクソダスの特徴的なザクザクとしたソリッドな独特のリフのカッティングはベイエリア・クランチと呼ばれ、世界中のスラッシュメタルバンドはもとより、デスメタルバンド達にも大きな影響を与えた。しかし、メタリカ、メガデス達が商業的に成功する中、所属レコード会社とのトラブルなどの不運が重なったこともあり、商業的に成功する事は無かった。
また、アメリカ西海岸で一緒に活動していたテスタメントフォビドゥンといったスラッシュメタルバンドはいずれもベイエリア・クランチを特徴としていたこともあって他のスラッシュメタルとの差別化を図る意味でベイエリア・スラッシュと呼ばれている。
メタリカカーク・ハメットが在籍していたことでも有名である。

== 略歴 ==

*1980年頃に高校生だったカーク・ハメット、トム・ハンティングらによって結成される。当時はジューダス・プリーストのカバーなどを演奏していたという。
*1982年にゲイリー・ホルト、ジェフ・アンドリューズ、ポール・バーロフが加入し地元のクラブなどで本格的に活動を始める。
*1983年にカーク・ハメットがメタリカへデイブ・ムステインの後任として加入するために脱退すると、後任にリック・ヒューノルトが加入し、続いてベースがロブ・マッキロップに交代する。
*1985年、トリッド・レコードと契約し、デビュー・アルバム『Bonded by Blood』をリリース。アルバムリリース後のツアーでは、スレイヤーヴェノム等と共演し、その時の模様はビデオ『Combat Tour-The Ultimate Revenge-』としてリリースされる。
*1986年、ポール・バーロフが脱退。地元のローカル・バンドのレガシー(後のテスタメント)のスティーヴ・スーザを後任に迎えるが、印税の支払いをめぐってトリッド・レコードとの間にトラブルが起こり活動が停滞してしまう。翌年、新たにコンバット・レコードと契約し、2ndアルバム『Pleasures Of The Flesh』をリリース。
*1989年には3rdアルバム『Fabulous Disaster』をリリース。ヨーロッパツアーや、アメリカでアンスラックスハロウィン等との「MTV Headbangers Ball Tour」を行うなど順調な活動を行うが、ツアー中にトム・ハンティングが脱退。残りのライブではヴァイオレンスのペリー・ストリックランドが助っ人参加し、ツアー終了後にアンスラックスのローディーをやっていたジョン・テンペスタが加入する。
*1990年にキャピトル・レコードより4thアルバム『Impact Is Imminent』でメジャーデビューを飾る。このアルバムではゲイリー・ホルトとリック・ヒューノルトの二人がH-Teamとしてプロデュースを行った。アルバムリリース後、スイサイダル・テンデンシーズ等とアメリカツアーを行った他、12月には初の日本公演を行う。
*コンバット・レコードとの契約消化のため、1991年にライブアルバム『Good Friendly Violent Fun』(1989年7月に地元サンフランシスコで行われたライブを収録)、1992年にベストアルバム『Lessons In Violence』(1st~3rd・Good Friendly Violent Funから選曲のベスト)がリリースされる。
*1992年にジューダス・プリーストなどのプロデュースを手掛けたクリス・タンガリーディスをプロデューサーに迎え、5thアルバム『Force Of Habbit』をリリースするが、ニルヴァーナパンテラの台頭や、メタリカブラックアルバムのヒットに影響され、メタル・シーンがヘヴィでグルーブ重視の方向に進む中、彼等もスピードを抑え目でグルーブ主体の曲に路線を変更してしまい、ファンの不評を買ってしまう。また、レコード会社のサポートも得られないまま、活動が停滞してしまい、ジョン・テンペスタの脱退もあってバンドは解散状態に陥ってしまう。
*1993年5月に予定されていた日本公演のため、モードレッドのギャノン・ホールをヘルプに迎え来日公演を行い、その後解散。
*1997年にロブ・マッキロップを除く1st発表時のメンバーで再結成し、3月8日に地元サンフランシスコでショーを行う。この時の模様を収録したライブCD『Another Lesson In Violence』をセンチュリー・メディアよりリリースしたが、その後自然消滅の形でバンドは再び解散。
*2001年にとの闘病中だったテスタメントのボーカル、チャック・ビリーの為のベネフィットイベント「Thrash Of The Titans」に出演。このイベントのためデス・エンジェルフォビドゥンヴァイオレンスヒーゼンラーズ・ロキットなどの多くのベイエリア・スラッシュメタルバンドが一時的に再結成を行う。このイベントの成功により、活動を再開するバンドも多数出て、エクソダスも再々結成という形で活動を再開することになる。
*2002年にポール・バーロフが脳卒中で亡くなり、後任としてスティーヴ・スーザが復帰する。
*2003年8月にニュークリア・ブラストと契約を行い、元サバトのギタリストで、アーチ・エネミーテスタメントクリーターネヴァーモア等のアルバムを手掛けたことで有名なアンディ・スニープをプロデューサーに迎えレコーディングを行う。
*2004年、復活第一弾となる6thアルバム『Tempo Of The Damned』をリリースし、3度目の日本公演を行う。しかし、日本公演終了後にスティーヴが脱退(正式には解雇)。予定されていた南米ツアーをエグジュームドのマット・ハーヴェイ、スキンラブのスティーブ・エスクイヴェルらをヘルプに迎え行う。
*2005年、スティーヴの後任にロブ・デュークスが加入し、新作のレコーディングに入るが、今度はトム・ハンティング、リック・ヒューノルトが脱退。後任に、元ヒーゼンのリー・アルタス、テスタメントを脱退したばかりのポール・ボスタフが加入し、再びアンディ・スニープをプロデューサーに迎えて、7thアルバム『Shovel Headed Kill Machine』をリリースした。
*2007年、トムが復帰。それに伴ってポールが脱退するが、これについてゲイリーは元々彼はトムが復帰するまでのあくまで「サポートメンバー」としての参加だったことをコメントしている。その後8thアルバム『The Atrocity Exhibition... Exhibit A』をリリースした。
*2008年デビュー・アルバム『Bonded by Blood』の再録アルバム、『Let there be Blood』をリリース。
*2010年9thアルバム『Exhibit B: The Human Condition』をリリース。
*2014年5月付で、ロブが脱退。後任としてスティーヴが再々加入する。また同年に発売された10thアルバムの『Blood in Blood out』では元メンバーで現メタリカのカーク・ハメットが一部の曲でゲスト参加している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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